大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

那覇地方裁判所 昭和47年(ヨ)129号 判決

申請人 平田善吉

〈ほか一二名〉

右一三名訴訟代理人弁護士 金城睦

同 島袋勝也

同 本永寛昭

同 照屋寛徳

同 大森鋼三郎

同 渡辺正雄

被申請人 琉球バス株式会社

右代表者代表取締役 長浜弘

右訴訟代理人弁護士 真喜屋実男

同 小堀啓介

同 宮良長辰

同 牧野博嗣

同 照喜納良三

主文

1  申請人平田善吉、同賀数幸徳、同平田其章、同鉢嶺元保、同喜屋武盛光、同平良正吉、同比嘉清治、同高江洲昌市、同末吉栄徳、同伊良波幸和、同金城吉秀、同高良松三が、被申請人の従業員である地位を仮に定める。

2  被申請人は、別表一申請人欄記載の各申請人に対し、同表九月分未払分欄記載の各金員、および昭和四七年一一月以降毎月九日限り同表賃金欄記載の各金員をそれぞれ仮に支払え。

3  申請人沢岷真善の申請を却下する。

4  申請費用は、申請人沢岷真善と被申請人との間に生じた分は同申請人の負担とし、その余の部分は被申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一被保全権利の存否

一  当事者間の雇傭関係等

被申請人が一般乗合旅客自動車運送事業および一般貸切旅客自動車運送事業を営む株式会社であること、申請人らが被申請人の従業員であり、その入社年月日、担当業務および沖交労における地位が別表三記載のとおりであること、被申請人が、昭和四七年九月二七日、申請人沢岷を、同月二〇日、その余の申請人らをそれぞれ懲戒解雇したとして、申請人らが被申請人の従業員である地位にあることを認めず、同日以降賃金の支払いをしていないことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  解雇に至るまでの経緯

≪疎明省略≫により当裁判所が認定した事実は、次のとおりである。

1  被申請人は、乗務員による料金の不正取得(チャージ)の事例が多かったため、昭和三九年八月頃、本社機構の中に監察課を設置し、課長以下数名の職員を配置して不正の防止および摘発に当らせてきた。その結果、同課設置後昭和四六年七月までの間に、料金を不正に取得した者二三四名を摘発するという実績をあげた。しかし、監察課発足当初の職員の中には、暴力団に属する者あるいは空手をよくする者が含まれていたこと、監察の方法には特別の基準がなく、対象者を数名の監察課職員が人目につかないところで取り囲み、強制的に衣服をぬがせあるいは暴行脅迫を加えて調査したこともあって、一般従業員は、監察課職員に恐怖の念を抱いていた。

2  このような監察により、名護営業所の従業員五名が料金不正取得の疑いで摘発され、昭和四六年三月六日解雇された。沖交労は、この事件を契機として、その解雇撤回と監察課の廃止を求めて被申請人との交渉に入った。

右の交渉の結果、労使双方の間に、同年七月三日、右の五名のうち三名の解雇を撤回し、監察制度の廃止については継続して話し合う旨の合意が成立した。

この合意に基づき、被申請人と沖交労は、トップ会談を重ね、同年一〇月二五日、監察課を廃止して指導課を設置し、監察課長福里哲および同課係長田場兼靖の処遇については職種を変更し後日他社に出向させるという線で一応の合意をみるにいたった。しかし、右の合意は、調印段階で被申請人の拒否するところとなり、同年一一月五日の団体交渉の場において、監察制度の廃止に関する交渉は、完全に決裂した。

3  沖交労は、このような事態の悪化に対処するため、ストライキに入ることを決定し、監察制度の実態を県民に明らかにし、その支援を求める目的で、昭和四七年一月一〇日頃、「職場民主化闘争支援要請について」と題する書面および「琉球バスが暴力団の手に」という見出しのあるビラを配布した。

右のビラの内容の要旨は、監察課係長田場を暴力団員ときめつけ、この田場および監察課長福里、ならびに前沖交労委員長砂川恵祐らが、被申請人の臨時株主総会を前にして、被申請人会社を乗っ取ろうとしているというものであった。

4  沖交労は、右のような過程を経て、昭和四七年一月一四日、第一波四八時間ストを、同月一九日、第二波四八時間ストをそれぞれ決行し、同月二一日、第三波無期限ストに突入した。琉球政府は、このような事態を憂い、労使双方に対し、三月一五日までに円満解決をはかるよう要請した。労使双方は、この要請を容れ、一月二八日、会社は、すみやかに機構および人事について全般的に検討し、その結果を組合と話し合う、労使双方は、チャージ防止について誠意をもって解決に努力する旨の協定をし、あわせて、労使双方が刺戟的行動をとらないことを確認して、同月二九日、ストを中止した。

5  しかし、田場を中心とする監察課職員は、昭和四七年一月三〇日、沖交労の組合員に組合からの脱退を勧告し、さらに、監察課職員永山克博、同東江昭憲、同仲程光男は、同年二月一日、連名で、組合員に告ぐと題し、沖交労の一部指導者にまどわされるなという趣旨の文書を会社構内に掲示した。沖交労は、これらの行為が被申請人の意思に基づくものであり、一月二八日の協定に反し組合を挑発するものであると考え、二月四日、再び無期限ストに入った。

長期化するストライキを終息させるため、沖交労の上部団会である私鉄総連の三橋中央執行委員長も加わり、被申請人と交渉を重ねた結果、同月二五日に至り、被申請人と私鉄総連および沖交労は、争議解決に関する協定に調印し、次のような内容の合意を成立させた。

(一) 会社は、一月二八日付協定の趣旨を尊重し、監察制度を廃止しこれにかわる指導機関を設置する。組合は、チャージ防止私金所持禁止等について全面的に協力する。同時に双方はすべての暴力不正行為を一掃し、新しい慣行の樹立に努める。

(二) 会社は、ユニオン・ショップ協定を遵守し、組合活動への介入干渉を行なわない。

(三) 会社は、今回の争議中の言動を理由に、組合員に対し責任追及、差別待遇をしない。

(四) 監察制度の廃止に伴う人事については、直ちに交渉に入り、三月二日までに結論を出す。

右の協定成立後、被申請人と私鉄総連との間に若干の交渉が行なわれた後、沖交労は、同年三月二日、ストライキを中止するに至った。

この段階において、沖交労は、被申請人の監察課は確定的に廃止されたものと理解した。また被申請人においても、同年八月二七日のストライキまでの間は、監察業務を現実には行なわなかった。

6  被申請人と私鉄総連および沖交労は、前記5の協定(四)について交渉を重ね、昭和四七年四月一〇日、監察係長田場の処遇については、引き続き協議することとし、協議が整うまで田場に期間を限定しない特別休職を命じるという内容の合意をなし、これと同趣旨の行政副主席の裁定を受け、右の合意内容を実施することとした。琉球政府は、同月一八日、右の合意の内容に基づいて解決するよう要請した。

被申請人は、右の要請に基づき、同年五月二九日、田場に対し同年六月一日から同年九月三〇日までの特別休職を命じたが、田場は、休職期間中、たびたび会社に出入していた。沖交労は、被申請人の右の措置が四月一〇日の合意および四月一八日の琉球政府の要請に反するものであるとして、被申請人に対する不信感をつのらせていった。

7  このような情勢のもとで、昭和四七年六月五日、沖交労の組合員九一名が組合から脱退し、琉球バス労働組合(第二組合)を結成した。また、被申請人は、同年七月に行なわれた団体交渉の場において、監察制度はいまだ廃止されていない、四月一八日付琉球政府の文書の内容は、単なる要請であって裁定ではない旨の見解を明らかにした。

沖交労は、被申請人のこのような態度に抗議して、同年八月二七日、二四時間ストを決行したが、これを知った被申請人は、ストライキの前日、急拠、観光バス三一台を浦添市在大丸ボーリング場駐車場に集結して、翌日の運行にそなえた。沖交労は、被申請人側のこのような動きを察知し、ビケッティングによりその運行を阻止する方針を決め、ピケットの要員を確保するため、屋慶名営業所のバスを石川営業所へ、読谷営業所のバスを嘉手納営業所へ移動し、これをストライキの当日午前二時頃から午後一二時頃までの間約二二時間にわたり石川営業所および嘉手納営業所に所属するバスとともに管理した。

8  被申請人は、このような事態に直面し、監察課の廃止、代替機関の設置問題を沖交労と話し合うことはできないと考え、昭和四七年八月二八日、監察課職員に対し監察業務につくよう指示した。前記5のとおり、監察課は廃止されたものと考えていた沖交労は、被申請人の右の措置を協定の一方的破棄であるとして、同月三一日、次のような内容の闘争指令(非協力態勢強化指令)を発した。

(一) 休日出勤時間外労働を拒否する。

(二) 勤務ダイヤの有無にかかわらず、本来乗務すべき時間以外の時間に運行することを拒否する。

(三) 一般路線の運転手が貸切自動車に乗務することを拒否する。

(四) 担当路線以外の路線への乗務を拒否する。

(五) 修理工が工場への出し入れ等のため自動車を運転すること、運転手が配車係の仕事をすること等、本来の業務以外の業務につくことを拒否する。

9  さらに、被申請人が、昭和四七年九月六日の団体交渉において、前記6の合意を破棄する旨宣言したため、沖交労は、闘争手段の強化をはかり、監察業務の執行を阻害することを目的として、九月七日から私金を所持して勤務せよという内容の闘争指令(私金所持闘争指令)を発し、同時に、右の指令は、料金の不正取得を容認するものではない旨の教宣活動を行なった。

10  前記3のビラ等の配布、同7の車両の移動および同8、9、の各闘争指令は、沖交労の執行委員である申請人ら一一名を含む闘争委員会において、企画、決定され、右の申請人らによって実行に移されたものである。

三  沖交労の執行委員である申請人ら一一名に対する懲戒解雇の効力

1  被申請人が、申請人平田其章、同鉢嶺、同平良、同比嘉、同高江洲、同伊良波、同金城を、前記二の事実中3記載のビラ等の配布により被申請人の名誉を毀損したことおよび8、9記載の闘争指令を発したことを理由に、申請人平田善吉、同賀数、同喜屋武、同末吉を、右の各行為および7記載の車両を移動したことを理由に、それぞれ懲戒解雇したことは当事者間に争いがない。

2  不当労働行為の成否

(一) ビラ等を配布した行為について

申請人らが、昭和四七年一月一〇日頃、ビラ等の配布を企画、決定し、これを実行に移したこと、被申請人と私鉄総連および沖交労との間に、同年二月二五日、争議解決に関する協定が成立したことおよび右の協定中には、会社は、今回の争議中の言動を理由として組合員に対し責任追及を行なわない旨の条項が含まれていることは、前記二の3、5および10記載のとおりであり、右のビラ等の配布が右の免責条項の対象となることは、前記二の3ないし5記載の争議の経緯に徴し明らかである。

このように、争議を解決する労使間の協定において、組合員の責任を追及しない旨の定めがされた場合には、当該定めは、特段の事情のない限り、争議が完全に解決されなかったときでも、なお効力を有するものと解すべきである。≪証拠省略≫中、右の免責条項の効力は、争議の完全な解決を条件とするものであるという部分は、信用することができず、他に特段の事情を認めるに足りる疎明はない。

してみれば、右のビラ等の配布を懲戒解雇の理由とすることは許されないものというべきである。

(二) 車両の移動について

申請人平田善吉、同賀数、同喜屋武、同末吉らが、昭和四七年八月二七日のストライキの効果を確保するため、被申請人の管理下にある車両の一部を、約二二時間にわたり、組合の実力支配下においたことは、前記二の7および10記載のとおりである。

右の事実からも明らかなように、本件車両の移動は、沖交労の闘争を有利にみちびく一時的な手段であった。しかし、本件車両の管理権が専ら被申請人に属する以上、右の管理権に対する侵害は、その態様の如何が懲戒の当否の判断の場において影響を及ぼすことはあっても、違法といわざるをえず、本件車両の移動は、争議行為の正当性の限界を超えたものというべきである。

(三) 非協力態勢強化指令について

申請人らが、非協力態勢強化指令を発したことおよび右の指令にかかる行為が、従業員の本来の職務の一部について労働力の提供を拒否し、あるいは被申請人の業務命令の一部を拒否するものであることは、前記二の8記載のとおりである。

ところで、争議行為は、労働者側が、使用者の指揮命令権を排除して完全な労働力の提供を拒み、使用者の業務の正常な運営を阻害するものであり、本質的に、使用者に対する威圧と損害の発生を内包するものである。

したがって、本件指令にかかる行為は、右にいう争議行為そのものであり、被申請人に何らかの損害が発生したとしても、なお正当な争議行為の限界内にとどまるものというべく、本件指令の発出そのものもまた正当というべきである。

(四) 私金所持闘争指令について

申請人らが、私金所持闘争指令を発したことは、前記二の9記載のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、被申請人の運行するすべての路線は、右の指令発出の当時、ワンマン化されていたことが認められる。

ところで、ワンマンバスの乗務員の職務には、車両を運転することだけでなく、乗客から適正な料金を徴収し、これを使用者に納付することも含まれているとみなければならない。このような職務を有する乗務員の私金所持は、料金の適正徴収と適正納付という職務の質的低下をもたらし、その反面において、使用者の業務の正常な運営を阻害するものであり、一種の争議行為というべきである。

ワンマンバスの乗務員の私金所持は、右のような意味において、一種の争議行為であるが、このような争議行為は、組合の意図如何にかかわらず、その態様において、料金の不正取得という犯罪行為を隠ぺいし、これを事実上容易にする客観的状態を作り出すものといわざるをえない。当裁判所は、このような結果をもたらす争議行為は、その態様において、正当な争議行為の限界を超えるものであり、違法であると考える。

したがって、申請人らの発した本件指令もまた違法であり、この違法性は、本件指令が料金の不正取得を容認するものではない旨の教宣活動を行なったことにより阻却されるものではない。

(五) 前記(一)ないし(四)によって明らかなように、申請人らに対する懲戒解雇は、不当労働行為に該当しないというべきである。

3  解雇権濫用の成否

(一) 被申請人のように乗客の支払う料金を最大の収入源とする企業においては、乗務員による料金の不正取得を防止するため、乗務員に対し、一定の検査を行なうことも、避けがたいところである。しかし、このような検査は、事柄の性質上、乗務員の人権を侵害する虞れを内包する。したがって、検査の実施については、その基準、細則を設定し、検査に当たる職員を指導教育する等の措置をとる必要がある。ところが、被申請人の監察制度の運用の実態は、前記二の1記載のとおりであり、被申請人が人権侵害を防止するため右のような措置をとったと認めるに足りる疎明はない。

沖交労は、前記二の1ないし9記載の争議の経緯からも明らかなように、被申請人の右のような監察制度の廃止を要求して、長期にわたる争議を行なったものである。

(二) また、前記争議の経緯から明らかなように、沖交労は、昭和四七年二月二五日に成立した労使間の協定により、被申請人が設置している監察課が廃止されたものと理解したが、その後、被申請人において、監察課はいまだ廃止されていない旨および同年四月一〇日付の労使間の合意を破棄する旨の宣言をし、さらに、監察業務の再開を指示したため、争議手段を漸次強化していったのである。もっとも、この過程において、争議方法としてとられた車両管理そのものは、部分的でありかつ短時間であったし、申請人らは、私金所持闘争指令を発するに際して、右の指令が料金の不正取得を容認するものではない旨の教宣活動を行なっている。

(三) 以上の事実関係を考慮するときは、私金所持闘争指令ないしは車両の移動を理由として申請人らを懲戒解雇することは、過酷であり、解雇権の濫用に当たるといわざるをえまい。

4  以上の理由により、沖交労の執行委員である申請人ら一一名に対する懲戒解雇は、無効というべきである。

四  申請人高良に対する懲戒解雇の効力

1  被申請人が申請人高良を、昭和四七年九月四日私金五七五円を所持して乗務したことを理由に懲戒解雇したことは、当事者間に争いがない。

2  申請人高良が、昭和四七年九月四日、私金五七五円を所持して乗務したことは、当事者間に争いがなく、証人田場兼靖の証言によれば、同申請人は、同日、監察課職員の調査を受けた際、右の五七五円は拾得物である旨虚偽の事実を述べて弁解するなど料金の不正取得を疑わせるような態度をとったことが認められる。

しかし、料金の不正取得を認めることができない以上、右の事実だけを理由に、同申請人を懲戒解雇するのは、過酷というべく、右の解雇は、解雇権の濫用に当たり、無効といわざるをえない。

五  申請人沢岷に対する懲戒解雇の効力

1  被申請人が、申請人沢岷の昭和四七年九月二日の乗車拒否および虚偽の申告を理由に退職願を提出するよう勧告したがこれを提出しなかったため、同申請人を懲戒解雇したことは、当事者間に争いがない。

2  ≪疎明省略≫によれば、申請人沢岷は、昭和四七年九月二日、糸満線のバスを運転して那覇に向け進行中、午後二時四〇分頃、高良停留所において、乗客数名を乗車させたが、その際、乗客が乗り終るのを確認しないまま発車しようとしたため、父子連れの客のうち乗車した父親から娘(中学二年生)を乗せるよう求められたこと、同申請人は、この要求を無視して発車し、次の宇栄原停留所までその乗客と口論しながら進行したこと、右の乗客から、この間の事情の通報を受け、営業課長比嘉節雄が調査にあたったところ、同申請人は、乗車拒否の事実を否認し、さらに、乗客と対決した際にも、当初は強く否認したが、ついには事実を認めたこと、このため、乗客に対し会社の従業員教育について疑問を抱かせたことが認められる。申請人本人沢岷真善の供述中、右の認定に反する部分は信用できない。

3  右の事実によれば、申請人沢岷は、乗客が乗り終ったかどうかを確認して発車すべき乗務員としての当然の義務を怠り、かつ乗客から指摘されたのちもこれに対し適切な措置をとらず、乗客に対するサービスを重視すべき被申請人の名誉を著しく失墜させたものというべきであり、同申請人に対し退職願を提出するよう勧告した被申請人の措置は妥当であり、退職願の不提出を理由にされた同申請人に対する懲戒解雇は正当である。

4  申請人沢岷に対する懲戒解雇が沖交労の組合員であることを理由とするものであることを認めるに足りる疎明はなく、また≪疎明省略≫によれば、申請人沢岷の解雇については、昭和四七年九月一四日、賞罰委員会の議を経たことが認められるから、解雇の無効をきたすような手続違背もないというべきである。

よって、同申請人に対する懲戒解雇は、有効である。

六  申請人平田善吉、同賀数、同沢岷を除く申請人らの賃金請求権

申請人らの賃金月額が別表一賃金欄記載のとおりであり、毎翌月九日限りその支払いを受けていたことは、当事者間に争いがなく、昭和四七年九月二〇日から同月三〇日までの未払賃金の額が同表九月分未払分欄記載のとおりであることは、計数上明らかである。

したがって、申請人らは、被申請人に対し同表九月分未払分欄記載の金員および昭和四七年一一月以降毎月九日限り、同表賃金欄記載の金員の支払いを求める権利を有するものというべきである。

第二保全の必要性(申請人沢岷を除く。)

被申請人が、申請人らを懲戒解雇したとして、申請人らが被申請人の従業員としての地位にあることを認めず、申請人平田善吉、同賀数を除く申請人らに対し、前記第一の六記載の賃金を支払っていないことは、前記第一の一記載のとおりである。

このような事情のもとでは、労働者である申請人らは、特段の事情がない限り、著しい損害を被る虞れがあるというべく、本案判決が確定するまで、申請人らが被申請人の従業員である地位を仮に定め、申請人平田善吉、同賀数を除く申請人らが前記の賃金の仮払いを受ける必要があるというべきである。

第三結論

以上によって明らかなように、申請人沢岷を除くその余の申請人らの本件仮処分申請は、被保全権利および保全の必要性について疎明があるものというべきであるから、申請人らに保証を立てさせないでこれを認容し、申請人沢岷の本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく、疎明にかえて保証を立てさせることも適当ではないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川嵜義徳 裁判官 大城光代 玉城征駟郎)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例